「存立危機事態」は厳格かつ限定的に解釈運用すべし(シリーズ4)

 「台湾有事は日本の有事」発言は集団的自衛権行使の進軍ラッパ

安倍元総理の2021年の発言
   2015年に安保法制を成立させた自民党政権は、国民的反対運動の余波を鎮めるためもあり、集団的自衛権行使に注目を集めるような言動には慎重であった。(注1)

2021年になり、退陣した安倍元総理がオンライン講演で、「台湾有事は日本の有事」と発言したころから、政府は集団的自衛権行使を軸とした戦争への政策を一段と前に進め始め、そのための世論形成にも力を注いできた。

「台湾有事は日本の有事」発言は、中国の台湾進攻による台湾紛争が近づいている、その際には、アメリカは台湾に味方して中国と戦うことになろう、日本はアメリカの要請を受け、アメリカとともに中国と戦うこととなる、というものであった。中国を牽制するとともに、わが国民には戦争への覚悟を促そうとするものであった。中国脅威論、嫌中意識が高まっていた国民は、どこまで真剣な不安を抱いたかはともかく、さほどの反発もせず、特に異常な言動とはみなさないまま、これを受け止めた(ミサイル基地建設の進む琉球弧の住民は大変な不安に襲われたと思う)。

 (「存立危機事態」の解釈が一気に変わった)
問題は、この発言により、安保法制国会で集団的自衛権にあれほど高いハードルを設けようとした議論が一気に忘れ去られ、米軍の要請のもと、政府がこれに応える必要があるとき、集団的自衛権、すなわち自衛隊76条1項二号の「存立危機事態」による自衛隊の出動が、当然であるかのような雰囲気が広まったことである。

 マスコミはもとよりリベラルな論者も、日本有事となる不安を語ることはあっても、台湾有事になれば、日本が対中戦争に巻き込まれることを運命のごとく受け止め、そこに自衛隊が出番として出動することもやむなしとする空気ができてきた。ことのなりゆきをどこまでリアルに想像していたかは分からないが、「どうして日本の有事になるのか」「自衛隊の出動は合法か」といった「存立危機事態」への真正面からの疑問の声はほとんど聞こえなかった。

    国民の間に広まったこうした雰囲気こそ、憲法違反だとする国民の強い反対を押し切ってがむしゃらに集団的自衛権を立法化した安倍内閣の狙いが、その実現に大きくまた一歩前進するものであった。嫌中、反中の感情が一層高まる中、国民の反戦意識は後退し続けている。(注2)

 もちろん、安保法制違憲訴訟は続いていた。野党の安保法制は憲法違反との主張にも揺るぎはなかった。しかし、訴訟は次々とあっさり退けられていき、国会野党も、安保3文書問題では、政府の戦争政策に抵抗を示すことはあったものの、今一つ迫力を欠き、政府をたじろがせるまでには至らなかった。

     いかなる状況になれば「存立危機事態」となるのか、集団的自衛権行使はどの段階で行使可能となるのか、台湾有事で「存立危機事態」が認定されるとすればどの段階でか、といった問題に対して、わが国民は関心を失っていた。米軍の要請があれば、わが政府は自衛隊に集団的自衛権の行使をさせるであろう、その考えを(半ばあきらめの感情とともに)受け入れざるをえず、これに抵抗する術を見失っていたのではないだろうか。
 「存立危機事態」について言えば、厳格かつ限定的な解釈運用ではなく、政府の恣意的な解釈、すなわち、必要に応じて解釈運用できる政治的解釈が大手を振っていたのである。
国民にはそうとは知らされないまま、これがひそかにしっかりと政府の方針となっていたのではなかろうか。

(高市首相発言はこうした背景の上に
そのことを目のあたりに示したのが、高市首相の(発言1)ではなかったか。
「戦艦を使って、そして武力を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機になりうるケース」との端的な発言には、前示①②③の、いわば憲法9条が命じる条件を一切無視し、「どう考えても」と、「政治的解釈」で突っ走る姿勢が露骨に示されたのである。

  政府がここまで来ているなか、平和を求める私たちはどう対処すればいいのであろうか。

(注1)自民党の中谷元前防衛相は、2016年11月に憲法学者の木村草太氏と対談した際に存立危機事態に該当する例として次の例を示していた。(赤字は伊東)
   「具体的な例を包括的に示すことはできませんが、あえて言えば、例えば、我が国周辺で、  我が国と密接な関係にある国、米国に対して武力攻撃がなされたとして、その時点では、まだ我が国に対する武力攻撃が発生したとは認定されないものの、攻撃国は、我が国をも射程にとらえる相当数の弾道ミサイルを保有していて、その言動などから我が国への武力攻撃の発生が差し迫っている、といった状況であり、そのような状況の下、米国の弾道ミサイル対応の艦艇に対する武力攻撃を早急に止めなければ、我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな場合が挙げられます。」
 これなどは、①②③の基準に照らし、なお「存立危機事態」には該当しないと批判することが可能な例ではあるが、ひとまずは、憲法9条に適合する厳格、限定的解釈に近い「良心的」なものということはできそうである。後に触れる露骨な「政治的解釈」は展開していない。

 
(注2) 安倍元総理以下の自民党タカ派が、憲法改正をせぬまま集団的自衛権を導入し、時間をかけて「定着」して行こうとした手法には、国民感情を操る悪魔的な巧妙さがあったというべきではないか。

 (つづく)

 


 

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