「存立危機事態」は厳格かつ限定的に解釈運用すべし(シリーズ2)

   「存立危機事態」を認定するということは「戦争をする」ということ
   「存立危機事態」を認定できないということは「戦争できない」ということ


 1972年田中内閣のとき、内閣法制局は国会に資料を提出し、「憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる。したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は憲法上許されない」との政府解釈(72年見解)を示していた。
 
 2014年、安倍内閣が集団的自衛権の一部行使を容認する法改正を検討したとき、当然「72年見解」に反し憲法違反にならないかが問題となった。連立政権を組んでいた公明党はこの政府見解を盾に集団的自衛権の行使容認に強い難色を示していたのである。
 与党協議を重ねた結果、容認はするものの、憲法9条に基づく「縛り」「たが」あるいは「歯止め」ともいうべき条件を設けることで妥協となった。そして、憲法9条にもかかわらず例外として武力行使が許される条件として、従前の「3要件」に代えて以下の「新3要件」を定め、閣議決定をした。(注1)

   「我が国に対する武力行使が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生しこれにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるこ

   これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

   必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

(下線部分が新たに加わった条件部分であり、のちに自衛隊法76条1項二号の「存立危機事態」の文言となった)

 与党協議を終えた公明党の山口代表は記者会見で、

ア (国民の権利が)根底から覆される明白な危険があり、国民を守るために他に適当な手段がない場合に限定されており、厳格な歯止めをかけた

イ 外国の防衛それ自体を目的とする、いわゆる集団的自衛権は今後とも認めない。憲法上許される自衛の措置は自国防衛のみに限られる。いわば個別的自衛権に匹敵するような事態にのみ発動されるとの憲法上の歯止めをかけた

などと述べた

評論家の佐藤優は、「この会見と閣議決定全文を読めば、公明党が集団的自衛権行使容認に前のめりになる安倍政権のブレーキ役を果たしたことは明らかだ」と評価した。(注2)

  「存立危機事態」の外形上厳格な文言はこうして、集団的自衛権の行使を憲法9条の精神にそうべく限定するための条件として生まれた。ただ、積極派と消極派の妥協の産物であったため解釈に曖昧さを残す抽象的表現にとどまったのである。その曖昧さは、2015年の国会審議当時すでに、安倍総理が「存立危機事態」に当てはまる具体例としてホルムズ海峡の機雷除去の事例を説明したとき、多くの疑義を招き、公明党の山口代表でさえ異議を唱える場面もあったほどである。(注3)

  法案成立後も自衛隊法76条1項二号の「存立危機事態」という条件は、集団的自衛権行使の容認と拒否を分かつものでありながら、どういう事態がこれに該当するのかその判断(認定)基準が定まらず、今日まで来ている(注4)。

そうした中で、自民党首脳らの「台湾有事は日本の有事」発言は、台湾有事が発生したとき「存立危機事態」の積極的認定が当然の前提となるかのような空気を醸成してきた。

この点、長谷部恭男教授は「自衛隊法76条1項二号の文言と政府の実際の意図との間には、常人の理解を超えた異常な乖離があり、この文言が持つはずであった限定的な役割は実際には否定されている」と厳しく批判していた.。(注5)

  自衛隊を集団的自衛権の行使として出動させ得るかどうかは、「台湾有事」のような一定の事態、状況が、厳格かつ限定的な「存立危機事態」条項に当てはまるかどうかの法的検討を経て決せられることである。この点、かかる検討を経ずに、特に米軍からの支援要請があったときは、政府の政治的決断のもとで一気に認定されるかのごとき誤解が生じているように思われてならない。安倍元首相の「台湾有事が日本の有事」発言があった後、はたして「存立危機事態」と認定できるかどうかの疑問が、野党からもリベラルジャーナリズムからも沸き起こってこなかったのは、その誤解のせいではなかったろうか。

(注1) 従来の「3要件」は、①わが国に対する急迫不正の侵害があること ②これを排除するために他の適当な手段がないこと ③必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと、であった

(注2) 佐藤優「創価学会と平和主義」朝日新聞出版35p~38p

(注3) 長谷部恭男ら「検証 安保法制10年目の真相」朝日新聞出版49p

(注4) 2015年の法案審議中、内閣法制局も「存立危機事態」をどう認定するのかについて具体例を示すことをしないまま、「事態の個別具体的な状況に即して、主に、攻撃国の意思・能力・事態の発生場所、その規模、態様,推移などの要素を総合的に考慮し、我が国に戦禍が及ぶ蓋然性、国民が被ることとなる犠牲の深刻性、重大性などから客観的、合理的に判断する必要があり、あらかじめ具体的、詳細に示すことは困難」などと総花的で融通無碍な認定方法を述べるに止まった。これが高市首相の(発言2)とつながった。

(注5) 有斐閣「憲法判例百選Ⅱ(第8版)」361頁

  (つづく)


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