「存立危機事態」は厳格かつ限定的に解釈運用すべし(シリーズ3)
集団的自衛権行使の条件「存立危機事態」はいかなる事態をいうのか
(「存立危機事態」条項の立法経過と厳格な解釈運用)
ア 安倍内閣も集団的自衛権を違憲としてきた「72年政府見解」の基本論理を維持するという。そう言いながら2015年に、形の上では集団的自衛権の一部行使というほかない 存立危機事態」をあえて立法化した。これが憲法に反しない根拠を以下のように説明した。
他国に対する武力攻撃の発生を契機とする場合でも、
①
わが国が武力攻撃を受ける場合と同様な深刻重大な被害が(わが国に)及ぶ場合があり、
②
そうした危険が単なる主観的な判断や推測等ではなく、客観的かつ合理的に疑いなく認められ、
③
これを避けるために武力の行使によって(集団的自衛権行使で)対処するほかに適当な方法がない、
という場合には、わが国に対する武力攻撃がある場合(自衛権行使)と同様に、これに対処するに武力の行使も憲法上許容される。
イ そうすると、76条1項二号の「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自 由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」は、上記①②③の基準要件にかなう場合だけとして厳密かつ限定的に解釈され,それに該当する事態が認定されてはじめて運用されなければならない(自衛隊に出動を命じることができる)。
ウ ①②③は、一号の「武力攻撃事態」の別名「急迫不正の侵害」の基準(被害の甚大性、攻撃の急迫性、明白性)とほとんど変わらない。
とすると、「存立危機事態」に該当する状況はほとんど「武力攻撃事態」と重なるのではないか。「武力攻撃事態」に至る前の段階としての「存立危機事態」は想定しにくい(注1)。
政府がある状況をあくまで「存立危機事態」と認定して自衛隊の出動命令を出そうとするとき、①②③の基準から逸脱しているのであれば、憲法に反し違法となるので、国会そして国民は政府にその撤回を求め、あるいはその国会承認を拒まなければならない。当然のことである。
(仙台高裁判決と長谷部教授のコメント)
仙台高等裁判所は、2023年12月5日、安保法制違憲訴訟の控訴審として判決を言い渡した。結論は控訴棄却(憲法判断抜きの門前払い、原告敗訴)であったが、傍論として原告らの違憲主張に答える形で憲法判断を示した。
そこでは、自衛隊法76条1項の改正について、政府が国会で憲法9条に適合すると詳細に説明した内容を相当詳しく引用した(上記①②③を含む)。その上で、判決は「存立危機事態」が「憲法9条の下で許される武力の行使の限界を超えると解する余地もある」としつつ、政府が国会で説明したとおり、この法律を「厳格かつ限定的」に解釈運用すると答弁したことが守られるなら、明白に憲法違反とまではいえない旨の判断を下したのである。
上記ア、イ、ウは、この仙台高裁判決から学んだところである。
長谷部恭男教授は、2015年の安保法制審議の国会に政府側証人として立ち会ったのに、集団的自衛権を一部容認する法律は憲法違反と証言したことで有名であった。
教授は、法案成立後、安保法制違憲訴訟でも原告側に立ち、仙台高裁では証人として憲法違反の主張をした。その際、裁判長からかなり詳細な質問を受け、その問答における裁判長の真摯な態度から、弁護人らは、あるいは憲法違反の判決が下されるかもしれないとの期待を抱いた。
判決は、弁護人らの期待に反し控訴棄却ではあったが、憲法判断に踏み込む上記の内容を傍論として述べている。
この傍論を詳しく検討した長谷部教授は、判決が述べる厳格解釈が守られるなら、武力 行使が認められる「存立危機事態」が現実に存在するとはまず考えられない、とコメントし、判決は、憲法違反とまではしなかったものの、集団的自衛権は実際には行使できないと言っているのだ、と評価した。
教授は、アイスクリームの例で説明する。「アイスクリーム好きの人がいた。しかしアイスクリームの食べ過ぎは体に良くない、だからアイスクリームを食べるのは自宅にいるときだけにしよう、そういうルールを作った。ただ、ある日、その人は、そのルールを変えて『外出先にいると同時に自分の家にもいる、そういう事態であれば、アイスクリームを食べても良い』ことにしようとした。そんなことあるわけないじゃないか、そんなルール変更は認められるはずがない、あるいはルールは変わっていない、というのが普通の受け止めではないか」と。
アイスクリームを食べる → 自衛隊の出動
自宅にいる → 武力攻撃事態
外出先にいる → 存立危機事態
ルール → 武力攻撃事態があったときだけ武力行使ができる と考えれば、なるほどと思わせる。(注2)
(注1) 公明党山口代表が記者会見で(シリーズ2)、存立危機事態について「憲法上許される自衛の措置は自国防衛のみに限られる。いわば個別的自衛権に匹敵するような事態にのみ発動される」と述べた趣旨は、このところを指しているのであろう。
(注2) 仙台高裁判決と長谷部教授らの見解は、長谷部恭男・棚橋桂助・豊秀一著・朝日新書「検証 安保法制10年目の真相」に詳しい。特に38頁から51頁、アイスクリームの例は46頁、末尾に判決の全文も掲載。
なお、安保法制違憲訴訟は全国で合計25件提起された。そのほとんどは憲法判断に触れずに門前払いの形での原告敗訴であり、それらの控訴審、上告審でも同様であった 。その中で、仙台高裁判決だけが結論は控訴棄却であったものの、唯一安保法制の憲法解釈に踏み込んだ判断を下した。政府にとり不利な内容であったが、傍論の形で示されたものであったので、政府は上告をせず、判決は確定した。
(つづく)
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