王柯(おうか)教授は、新疆ウイグル地区における民族独立運動の研究者である。同教授が1993年に出版した「東トルキスタン共和国研究(中国のイスラムと民族問題)」(東京大学出版会)は、清朝時代から連綿と続く民族独立運動(東トルキスタン独立運動)とこれに対する清朝政府と国民党政府の対応についての詳細な研究成果である。
2005年に出版された同教授の「多民族国家 中国」(岩波新書)は、主に中華人民共和国成立後の新疆ウイグル地区での民族独立運動と政府の対応が紹介されている。日本のマスコミからは知らされることの少ない情報だと思われるので、この本に書かれていることを要約的に紹介したい(赤字の表題は老人が任意につけたもの)。
東トルキスタン民族独立運動の活発化
中国政府は、1980年代から宗教政策を是正する策をとったが、「世界的なイスラーム復興ブーム」のなか、こうした政策は「皮肉にも独立運動の人材を育成する下地を提供する結果になった」。80年代以降ウイグル族地域において民族暴動が頻発した。「その背後にはイスラームの陰があり、ジハードがスローガンとして掲げられた」。ウイグル社会におけるイスラームは、歴史的に政治となかなか切り離せず、「中国の歴代王朝や政府と対立する立場をとり、中国からの分離独立を目指すさまざまな運動において大きな役割を荷ってきた」。(202頁)
1990年代、「同じトルコ系イスラーム民族である中央アジア諸国」がソ連解体により独立し、「親イスラーム政策をとり始めた」ことによって、ウイグル族の独立派勢力は「刺激されただけでなく」「後方支援の基地を得た」。「ウイグル族の独立派勢力は、中央アジア諸国でイスラーム原理主義組織やテロ組織と連携し、それを経由してアフガンを基地としているアルカイダで軍事訓練を受け、最後には中央アジア地域の内戦、アフガン戦争やチェチェン紛争に参加した」。(202頁)
中国政府は「少数民族地域の中でもチベットと新疆に最も多くの経済的支援を行ってきた」。「経済状況と生活水準の向上は、現地の一般のウイグル族住民に対する国民統合の有効な手段であるが、しかし、民族独立の達成しか考えない東トルキスタン独立勢力にとっては、いささかの効果ももたないようだ」。(208頁)
中国政府の東トルキスタン民族独立運動に対する基本態度
中国政府は「チベットに対して対話を通じて解決を目指す方針をとっているのと違い、東トルキスタン独立派に対しては、断固として取り締まる政策をとってきた。その理由は、東トルキスタン独立派勢力にはダライ・ラマのようなカリスマ性をもつ指導者が不在で、イスラーム原理主義勢力と結びつき、テロという手段も辞さない、いわゆる『テロ・民族分離主義・極端宗教主義』という『三位一体』の性格をもっているからだ」(199頁)
中国は、イスラーム原理主義の台頭によってイスラームとの距離を置き始めたカザフスタン、キリギス、タジキスタンなどの中央アジア各国にロシアをくわえ、テロリズム、民族分離主義などの共通の悩みに対処・連携するため、1996年に「上海ファイブ」を結成した。2001年には、このファイブにウズベキスタンを加えた「上海協力組織」ができ、そこで調印した「テロリズム・分離主義・極端主義の取締りに関する上海公約」の第3条は、テロ・分離主義・極端主義的行動は、「いかなる状況においても、政治・思想・イデオロギー・人種・民族・宗教およびほかの類似する理由を口実にして罪責を免れ得ず、処罰を受ける」とした。(203、204頁)
中国政府のとった警察活動
「2001年までの10年間に、新疆の武装警察部隊は1000件以上の突発事件と数百件の暴動事件を処理し、現在も数百の武装警察巡査隊を出して新疆各地で24時間の警戒をしているという。事件の芽を早い段階で摘み取るために、政府は各地の農村に官僚を派遣して独立に関する情報を収集している。そして各地のモスクに対し「国家を分裂させるような言動と行動」が発生しないような管理体制を負わせた。かつて民族間の対立を極力さけるべきだと教育された警察は、90年代半ばから独立運動に加担する容疑者を容赦なく拘束するよう命令された」。(207頁)
欧米諸国の対応
1950年代、60年代にも東トルキスタン独立運動はあったが、その運動の背後にソ連があったときには、欧米諸国は、ソ連を利することにもなるこの独立運動を支持できなかった。しかし、ソ連邦の解体によって、東トルキスタン独立運動が欧米でも支援を得られるようになり、この運動が「単純に中国に対するカードへと変身した」。(203頁)
中国は9.11事件を機に東トルキスタン独立運動を壊滅させる正当性を、国際社会に訴えた。アメリカは(以前は、東トルキスタン独立運動勢力に対する中国政府の政策を、新疆のウイグル族の人権を無視していると批判していたが)、2002年8月に「東トルキスタン・イスラム運動」がアメリカの駐キルギス大使館に対するテロを計画していることが発覚してから、あまりこの批判を口にしなくなった」。かえって「アメリカは「東トルキスタン・イスラーム運動」をテロ組織リストに入れ、9月11日に国連もテロ組織と認定した」。アメリカは「反テロ問題における中国の協力姿勢に感謝」することもあった。「キューバのグアンタナモ基地に収容されたアフガン戦争のタリバン、アルカイダの兵士の中に、200名以上のウイグル族がいるという」。(208頁)
チベット問題との比較
「確かに、ウイグル社会にはダライ・ラマのようなカリスマ性をもつ宗教指導者を欠いている。そのために統合して大きな力になる可能性が低い。しかし逆に言えば、宗教的要求をいったん暴力に訴えると、それを有効にコントロールするようなブレーキもない。カリスマ性をもつ精神指導者を欠くことで、他の思惑を持つ勢力に利用されることもありうる。アメリカなど国際社会の思惑を背景に、武装闘争の手段も辞さない新疆の東トルキスタン独立問題は、事実上チベット問題以上に複雑である」。(209頁) (了)
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