[台湾有事] 日本は在日基地からの米軍機等の出撃を「事前協議」で「ノー」というべきだ

 「台湾有事は日本の有事」と言われだしてから、老生の頭にこびりついて離れない疑問がある。

  米軍機が日本の基地から紛争地域に出撃するとき、米国との間で事前に協議して、その出撃に「ノー」と言えることになっている。1960年に改訂された日米安全保障条約を締結する際、 「岸・ハーター交換公文」で取り決められた事前協議の制度である。こう書かれている。
「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする」
 憲法9条をいだく日本が他国の紛争に巻き込まれて戦争になることを拒むためである。 

台湾有事」となれば、アメリカが台湾防衛のために軍事行動に出る可能性がある。その場合、放っておけば、日本の米軍基地はその地勢的状況からみて、戦闘機、軍艦、ミサイルなどの出撃基地となることは避けがたいものとなろう。
日本の米軍基地が「台湾有事」の戦闘作戦基地となれば、中国がここを狙い、ミサイルや空軍機などで反撃してくることはほぼ確実であろう。
   このようにして日本は、いやおうなく戦争に巻き込まれる。
   にもかかわらず、「事前協議」の場で、在日基地からの米軍の出撃に「ノー」というべきだとの議論がほとんど聞かれないのは、いったいどうしてであろうか。

日本もアメリカと共同して台湾防衛のために闘うべきだというのなのなら「ノー」といわないのも当然かもしれない。 また日本は「敵基地攻撃能力」などを備え抑止力を増強したうえで中国が台湾を攻撃する「台湾有事」を抑止すべきだとする自民党右派勢力の声もある。そうした勢力も、米軍の在日基地からの出動には「ノー」と言いたくないかもしれない。
しかし、そうまでして戦争を望んでいる勢力は、はたして日本にどれだけいるのだろうか。中国嫌いの人でも多くは、戦争までは避けたいと思っている。事前協議で「ノー」というべきだとの声は当然大きくなってしかるべきだと思われるのに・・・。

 日米安保条約下での安全保障体制を基本的に容認しつつも、台湾有事が日本有事を招くことを憂慮する国民は、平和外交により「台湾有事」すなわち中国と台湾との武力衝突を起こさせない努力をすべきだと考えている。そのなかに、
 「ひとつの中国」を尊重し、①台湾が独立に動くことをやめさせ、②中国に台湾への武力行使をさせず、③米国に対中攻撃をさせない、こうした穏やかな国際秩序をめざす外交努力により台湾海峡の平和を維持すべきだと提言しているグループがいる。柳澤協二氏や猿田佐世氏のシンクタンク「ND」である(注1)。 
 米中が衝突して、そのあげく第三次世界大戦ともいうべき世界的、人類的危機を回避しようとするこの平和提言は、憲法9条を持つ国であるがゆえに説得力をもち、さらに関係国への平等な気配りも備えているところから、実現可能性も感じられる。

  ただ、日本政府がたとえ真剣にこうした平和外交に取り組んだとしても、これが功を奏せず、「台湾有事」が起こってしまうことはありうる。それぞれの利害の重み・切実さからみて、柳澤氏らの提言の交渉成功のハードルはやはり相当に高い。わが国の平和を考えるとき、「台湾有事」勃発後の事態を考えないではおれないはずである。
  しかし、外交により台湾有事を避けようと主張している論者らも、最悪の事態の場合に、直ちに懸念される在日米軍の戦闘行動について、「事前協議」の場で日本政府がとるべき対応にまで言及することはほとんどない(沸き起こってこない、というべきか)。これはいったいどうしてなのか。

   新安保法制に反対した立憲民主党の岡田克也氏は、民主党政権当時に外務大臣を経験しているが、当然、日本と中国とが戦争になる事態を憂慮している政治家だと思われる。その岡田氏は、「事前協議」の重要性にかんがみ、これが政府の専権事項となっていることが問題であり、法律を制定し、国会への事前事後の承認、報告すべきだとの考えのようである。まことに貴重な見識である。しかし、その岡田氏も、現状では、周辺有事が起こった時、わが国は「事前協議」で、米軍の戦闘行動を「ノー」と言うのは困難である、とみている(注2)。なぜそうなのか。なぜ「ノー」と言えない! 「ノー」と言えることを交換公文で約束しているのに・・・、老生には理解ができない。

田中均氏も似たような発言をしている。同氏は小泉内閣のとき、北朝鮮との交渉に事前の段取りをつけ、拉致問題解決と両国関係改善に向け一役買った元外交官である。現在も、わが国の平和問題について、柳澤氏らと同じような「台湾と中国に自制を呼びかける」外交努力により平和構築をすべきだとの、まことに見識の高い主張をしている。その田中氏も、米軍が沖縄の基地を使って台湾に軍事介入することについて、日本との事前協議を求めたとき、日本は「ノーとは言えない」という(注3)。日本の平和主義を守る姿勢にあると思われる同氏がなぜ「ノーとはいえない」というのか、老生には理解できない。


  そこには「日米同盟」という緊密な外交関係にひそむ、説明しにくい「約束ごと」があるというのかもしれない。台湾有事に際し米軍の戦闘行動に協力しないでは、アメリカは日本が他国から攻撃されたとき防衛協力をしてくれない、とか・・・。防衛してもらうために戦争に協力する・・・まるで「ミイラ取りがミイラになる」ような論理。いかに日米同盟が大事だとしても、そのようなわけのわからない「約束」ないし「暗黙の了解」のようなもので、戦争への階段を昇ってもらっては困る。

  老生は、この得体のしれない「事前協議」制度を徹底的に明るみに出し、戦争を回避し国民を守る手段として、制定当時の理念のままに健全に運用することを願っている。政府がそのような姿勢で臨んでくれれば、国民はどんなに気が休まることであろうか。

  「台湾有事は日本の有事」を憂慮する平和勢力は、たしかに「台湾有事」とさせない外交努力をまず求めるべきであろう。 ただ、そうした努力むなしく、あるいはいとまもなく「台湾有事」が起こってしまったとき、「日本の有事」とさせない手立てを政府に求めないでいいのであろうか(もちろん、日米共同作戦計画とか、敵基地攻撃準備など、日本有事を招きかねない戦争準備もやめさせなければならないが)。 

日米安保条約下での対米従属が、わが国の軍事・政治上の大きな問題であるとみる論者は少なくない。その対米従属憂慮論者たちからも、「台湾有事」に関して「事前協議」制度を取り上げて、これを平和のための「かなめ」の防波堤にすべし、との意見はほとんど聞かれない(猿田佐世氏は注2のとおり例外)。
どうしてなのだろう。このことを重視し期待する隠居老人の感覚はどこかまちがっているのだろうか。

注1 台湾問題に関する提言 ― 戦争という愚かな選択をしないため  
 

 注2 岡田議員は、2022年4月13日外務委員会での林外務大臣との質疑の中で一般論として事前協議の場で「これに同意しないというのは、極めて私は例外的な場合にならざるを得ない」とか「安易にノーと言うことは恐らくできない」などと述べている。https://www.katsuya.net/topics/article-9266.html

先日、老生は、神戸の「9条の会」の集りで上記「ND」の代表世話人である猿田佐世氏の講演を聞いた。そのなかで、猿田氏が「事前協議」の場で日本側が「ノー」ということで米軍の行動を牽制する重要性を述べていたのは、老生には心強い思いがした。ただ、猿田氏が岡田克也議員を訪ねて事前協議で日本側が「ノー」と言えないものかを質問したところ、岡田氏はやはり即座に「それは無理だよ」と答えたという。

注3 「台湾有事は日本有事」なのか?【田中均の国際政治塾(事前協議に関する言及は6分30秒前後)

 

  

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