(台湾有事)日本は支援するのか回避するのか ― 小説「オペレーション電撃」を読んで
台湾有事を題材にした小説「オペレーション電撃」(文芸春秋社)を読んだ。元陸将の山下裕貴氏が執筆し2020年に刊行したものである。
(小説の内容)
台湾侵攻を企図した中国人民解放軍とこれに対する日本の自衛隊との攻防を描く。
中国は、独立に奔走する台湾を制圧する方針に踏み切り、人民解放軍を台湾に上陸させようとする。そのための重要な準備の一つとしてアメリカ空母の接近を阻止する作戦をとる。その作戦基地とするため日本の先島諸島の一つ(多良間島)を隠密裏に巧妙な方法で占拠する。そこから発射する対艦弾道ミサイル等を用いて、アメリカ空母を台湾に近寄れなくしようとする。その基地設営を計画実行する中国とこれを察知した日本との間で兵士・軍属・政府首脳らの攻防が「手に汗を握る」形で展開される。
もう少し詳しく説明したいところだが、冒険スパイ小説の性格をもつ本書の場合、野暮というべきものであろう。
最新の電子兵器を併用する一連の作戦行動の場面は、さすが陸将として長年の軍事経験がもたらすプロの筆なればこそのリアル感がある。また、双方のスパイ要員らの、絶世の美女スパイを交えての攻防は、ジェームズ・ボンドもかくありなん、迫力あるエンタテイメントとなっている、と言っておこう。
(こんなことは現実にはありうるだろうか)
しかしながら、読み終えてみて、隠居老人は、この小説が台湾有事という現実性のあるテーマをとりあげていながら、そのコア部分の設定が現実の戦略判断とあまりにもそぐわない点がなんとも気になる。
中国人民解放軍が台湾侵攻準備のために日本の離島を占拠しここを基地としてことを起こそうとしている点である。
中国は台湾侵攻時にアメリカや日本が台湾に味方してその侵攻制圧を妨害することを最も気かけ警戒しているはずである。台湾だけなら力の差からいってその制圧はそう難しくない。ただ、アメリカや日本が台湾に加担したとき、これら「強国」をも相手に戦わざるを得ないとならば、そう簡単にことは運ばなくなる。考えれば誰でもわかる。現にこの小説でも、アメリカ空母の台湾接近の阻止を、台湾侵攻の成功の鍵を握るものとして重視しているほどである。
であるならば、アメリカ空母接近阻止の必要性があるとはいえ、中国が日本の離島を占拠することは戦略上とりえない作戦である。それは日本に対する直接の侵略であるから、日本の自衛隊は直ちに反撃に出る。日本の台湾支援を呼びこむことになるではないか。日本が参画すればアメリカも本腰をいれざるを得なくなる。日本に対する「寝た子を起こす」行動は中国の台湾侵攻そのものの成功をおぼつかなくさせる。そのようなあまりにも粗略な作戦計画は、小説とはいえ、台湾有事という現実性のある重大事件を扱うにはバランスを欠き不自然である。元陸将という軍事専門家が書いた小説であるだけに、このアンバランスはどうしても気になる。
(著者のねらいは?)
著者は、自衛隊幹部であった経歴から推して、この小説で「台湾有事は日本の有事」であることを国民に知らしめ、ことに備える必要を訴えたいと考えたに違いない。自衛隊などの賛同協力もあったと思う。
そうであれば、なぜこのような現実性に乏しい不自然な設定をしたのであろうか。もっと自然かつオーソドックスな舞台設定にしたうえで「台湾有事は日本の有事だよ」と訴える簡明な方法をとらなかったのは、なぜなのだろうか。
老人はあれこれ「妄想」をたくましくする。
(日本有事とは自衛隊が出動するということ)
台湾が独立に舵取りすれば、台湾有事は必至である。中国はそれを一貫して明言している。ただ、その台湾有事がなぜ「日本有事」になるのか、安倍元首相や麻生副総理らの発言にもかかわらず、明確ではない(注1)。
まず確認しておかなければならない。日本有事とは自衛隊が戦争のために出動するということである。自衛隊の出動は自衛隊法76条1項に規定する「内閣総理大臣の出動命令」によりはじめて可能になる(注2)。
だが、国民がその出動を許すとは限らない。国民世論が台湾支援に関連する自衛隊出動に反対することはありうる。現に、自衛隊の出動については、内閣総理大臣の決定が国会の承認を得ることが必要とされている。国会が国民世論を背景に自衛隊の出動を承認しないことも、もちろんできるのである。
(台湾有事に自衛隊が出動するのはどんな場合か)
やはり日本が一定の関与をしている場合、すなわち、①日本がアメリカに貸した基地を利用して在日米軍が台湾支援行動をしたとき、その基地となった日本の領土が攻撃の的になることは考えられる(注3)。また、②自衛隊が台湾有事にそなえて直接支援の準備をしていたり、台湾支援に動く米軍を助けるための後方支援などをしていれば、その自衛隊に中国軍が攻撃をしてくることもあるだろう(注4)。
中国軍がこうして日本の領土や自衛隊を攻撃しあるいは攻撃する可能性が切迫するとき、自衛隊の出動(76条1項)が検討されることにはなる(注5)。
(国会が自衛隊の出動を承認しない!)
ただ、そのような事態について、国民は自衛隊の出動に賛成するであろうか。先日の朝日新聞の世論調査でも、台湾有事に日本が巻き込まれること不安に感じている人は半数を超えていた。上の①のようなアメリカ軍の行動によって日本が中国から攻撃を受ける場合であれ、あるいは②のような直接間接に台湾支援をする自衛隊が中国から攻撃を受ける場合であれ、それらは、他国同士の紛争に「手を貸したり」「余計なちょっかい」を出したがために招く攻撃であり、巻き込まれる災難というべきものである。
国民の大半はこういう事態は望んでいない。こういう事態にあったとき「わが国が攻撃された」として、76条1項を適用して自衛隊を出動させ、自らの戦争に発展させることは、専守防衛の自衛隊の正しい使い方ではない、内閣総理大臣が出動命令をだしたとしても国会はそれを承認すべきではない、と国民世論は沸騰するかもしれない。
(世論の支持、国会の承認を得ることが鍵)
「妄想」をそこまで発展させたところで、小説の話に戻る。
中国軍が台湾侵攻に先駆けて、わが国の離島を占拠して米軍攻撃の基地としようとしたとの小説の舞台設定は、くり返すが、戦略上ありえない不自然な話である。
しかし、日本の領土がこういう形であれ中国軍に侵略された場合には、日本への直接侵略であるから、自衛隊出動は国民の支持、国会の承認も得られやすい。「台湾有事は日本の有事」を訴えるのに格好の「事態」ではある。著者はそのことを狙って、あえて不自然な舞台設定をしたのかもしれない(注6)。
逆に言えば、中国が台湾侵攻にあたり日米の参画をできるだけ避ける自然かつオーソドックスな作戦行動にでた場合を描けば、自衛隊が参画するのは上記①や②のような形となって国民に「巻き込まれ感」をもたせ、その支持が得にくい、そう著者は考えたのかもしれない。
この小説の読者がその舞台設定に違和感を覚えないならば、「台湾有事は日本の有事」の宣伝に効果があったというべきであろう。
ただ、読者がこの舞台設定をあり得ないとことと感じたとしたら、その読者は、はたして「台湾有事は日本の有事」なのかと疑問を抱くかもしれない。
隠居老人の「妄想」は、この小説の著者はあんがい後者の読者に期待しているのか知れない、との感想に至る。(気取った言い方をすれば、「書いてあることより書かれていないことを考えてほしい」と著者は願っているのかも。)
平和憲法の精神を学んでいるはずの自衛隊には、台湾有事への自衛隊関与に疑問を持つ人々が少なくないのではないかと思う。自衛隊員も自国に関係のない戦争で死に赴くことなどまっぴらだと思っているに違いない(注7)。
(注1)安倍元総理は、昨年12月台湾での会合で、「尖閣諸島や与那国島は、台湾から離れていない。台湾への武力侵攻は日本に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある。この点の認識を習近平主席は断じて見誤るべきではない」旨語った。
また麻生自民党副総裁も、今年9月麻生派の会合で、「沖縄・与那国島にしても与論島にしても、台湾でドンパチ始まるということになったら、それらの地域も戦闘区域外とは言い切れないほど、間違いなく(台湾)国内と同じ状況になる。(日本でも)戦争が起きる可能性は十分に考えられる」旨語った(あいかわらず言語明瞭、趣旨不明!)。
(注2)自衛隊法76条1項には、自衛隊がどんなときに防衛出動するか、内閣総理大臣がその出動命令を出すこと、その命令は国会の承認が必要であることが定められている。
第七十六条 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成十五年法律第七十九号)第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。
一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態
二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
(2項略)
(注3)日米安保条約には、日本の領土にある基地を米軍に貸与すること(6条)とその基地への攻撃に対し共同防衛の義務(5条)が定められている。米軍の勝手な行動により日本の防衛義務が生じることのないように、米軍が在日基地を用いて戦闘作戦行動などをするときは日本と事前協議をすることが交換公文で定められている。その事前協議では米軍の当該作戦のための使用を拒否(ノー)することができる仕組みになっているのである。
(注4)2015年に国民の反対運動にもかかわらず成立した新安保法制で、米軍の一定の行動に対して自衛隊が後方支援などをする仕組みができあがった(重要影響事態法1,2条参照)。ちなみに(注2)の自衛隊法1項二号も新安保法制で新設された集団的自衛権行使を可能にする規定である。
(注5)上記の新安保法制では、(注2)の自衛隊法1項二号も新設され、一定の要件のもとで自衛隊が他国間の紛争に出動することが可能となった(集団的自衛権行使)。これにより台湾有事の場合も、米軍が台湾支援の行動をするなかで中国軍に攻撃されたとき、一定の事態(我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態=存立危機事態)となれば、わが国が直接攻撃された場合でなくても、内閣総理大臣は、自衛隊の出動を命じることができることになった。それが二号の規定である。もちろんこの場合も国会の承認が必要である。
(注6)付け足すと、アメリカ空母の接近阻止の作戦自体も、まだアメリカが参戦の決定をする前に攻撃(航海の自由を侵害)を加えるものであるから、アメリカの参戦を呼び込むことになり、中国としては現実には戦略上とりえない作戦である。小説は二重のとりえない粗略な作戦を前提にして物語をつむいでいることになる。
(注7)雑誌「世界」2022年3月号・石井暁「台湾有事と日米共同作戦」参照。米軍が台湾有事にむけて日本側の事情に関係なく圧力をかけてきている状況を自衛隊幹部が批判的に語っている。
(了)
返信削除ご老人さま
異論を2点提案します。
① どの国が戦争をしたがっているか?
日本の世論では台湾有事は中国が起こすと考えられていますが、私はアメリカが中国を刺激・挑発して起こす可能性が高いと思います。
この考えはウクライナ戦争の起き方を見て確信しました。
世界(西洋のこと)の世論は、今までに十分中国敵視観を作り上げていて、事実は関係なく、中国が先に攻撃した、という世論を簡単に作れる自信が出来ているからです。「ツキディデスの罠」という考え方。
アメリカ産業は戦争無しには、維持できない国になっていると思います。
② 台湾有事が起こったら、アメリカ軍機は沖縄基地から発信しますので、自衛隊は国土を守るために巻き込まれざるを得なくなる、と考えます。
自衛隊は米軍の指揮下に置かれているので、米軍は自由に動いて、故意に戦争を誘発すると思われます。
とにかく今の内に戦争を起こして、中国を弱体化しておきたいとアメリカは思って居るように見えます。
しかしアメリカは中国と直接戦争をしたら、核戦争になる恐れがあるという理由で、本格的な戦争は日本にさせるでしょう。
日本は捨て石にされるのです。
日本国民は安保条約によって守ってもらいたいとアメリカに頼っていることを知っている政府は、アメリカが起こした戦争に自動的に参戦するでしょう。
立憲を含めて現在すでに大政翼賛状態が出来上がっています。
国民は本音では、戦争をしたく無いのですが、だからと言って反戦運動をするほどの気持ちにはなれないでしょう。
それほどの反戦意識を持っているのなら、もう運動をし始めねばならない時ですが、その気配が全くないことからもわかります。