先日、神戸の市民運動グループ「市民デモ兵庫」の学習会でお話しさせていただく機会を得ました。沖縄問題シリーズの一コマでしたが、私は「台湾有事」問題をとりあげ、日本とのかかわり、琉球弧における基地建設、日米軍事共同訓練、新安保法の集団的自衛権行使の危険性などにつき、少しばかり勉強し考えたところをお話しし、オンラインを含め40数名の参加者に聞いていただきました。粗削りな内容でいささか消化不良の感もありますが、市民運動における今後の議論のたたき台の一つくらいの意味で読んでいただき、ご批判くだされば幸いです。
1 はじめに
みなさんは台湾有事という言葉を聞かれたことがあると思います。中国と台湾との間で武力が衝突し軍事的紛争がはじまる事態を指しています。そして、この衝突は中国が武力で台湾の独立を阻止しようとする意図から生まれるとするのが一般的です。
みなさんはまた「台湾有事は日本の有事」という言葉も聞かれたことがあるのではないでしょうか。中国と台湾との武力衝突が日本に影響を及ぼし日本も軍事的に対応しなければならなくなる危険な事態を指しているようです。
ところが、台湾有事がなぜに日本の有事となるのか、どういう経過でそうなるのかについては、必ずしも明確ではありません。
安倍元首相は、昨年12月に台湾に向けオンラインで講演し「尖閣諸島や与那国島は、台湾から離れていない。台湾への武力侵攻は日本に対する重大な危険を引き起こす。台湾有事は日本の有事であり、日米同盟の有事である。この点の認識を中国の習近平主席は断じて見誤るべきではない」と勇ましい演説をしたそうです。
沖縄の南西諸島が台湾と地理的に接着しているから有事になるかのようです。これは分けのわからない話です。地理的に近い位置にあるからという、それだけの理由で中国が攻撃してくるとは思えません。攻撃すれば日本から反撃されます。台湾との戦闘に精一杯なのに日本までも敵に回すことは中国にとって得なことではありません。
ただ、日本が台湾を支援しようとして中国攻撃の準備をしているというのなら、たしかに中国はそれを阻止しようとして、たとえば自衛隊基地のある南西諸島に先制攻撃してくることはあり得ます。
そうです。台湾有事が日本の有事というのは、台湾にことが起こった場合に、日本が台湾を支援して軍事行動を起こすぞという姿勢を示した場合に起こる事態なのです。
このことを私たちは十分に自覚しているでしょうか。安倍さんが尖閣や与那国島の台湾に近いと地勢的な状況だけをのべ、日本側の姿勢に触れていないのは、何かをごまかそうとしているのです。比喩的に言えば、日本有事は天災ではなく人災なのです。
沖縄には、既存の米軍基地の加えて、ここ2.3年前から奄美大島、馬毛島、宮古島、石垣島など琉球弧の島々にミサイル発射に重きをおいた自衛隊の基地が目白押しに新設され増強されてきました。これら自衛隊の新基地は、台湾有事に連動する日本有事に対応しようというものであることは間違いないと思います。
2 台湾有事に新安保法の集団的自衛権が行使され戦争になろうとしている
まず、私たちは、日本という国が戦争と平和の問題について、そもそもいかなる姿勢にあるのかを改めて確認する必要があります。憲法9条です。戦争をしないという国家方針、国是が大前提にあります。特殊な自衛のためを除いてすべての戦争を放棄したその国是は、当然ながら、ほかの国同士の戦争の一方に味方して武力行使の形で関与すること、すなわち集団的自衛権を原則として禁じていると考えられます。
7年前、大きな国民的規模となった新安保法制反対運動がありました。忘れることはありません。集団的自衛権反対、よその国の戦争にわが国を巻き込むな、NO
WAR、戦争法反対 というものでした。残念ながら新安保法は成立してしまいました。しかし、この7年間、この法律が適用される危険な事態は起きてきませんでした。私たちもこの法制のことを忘れかけています。
台湾有事は日本有事と呼ばれる状況は、何を隠そう、私たちが油断して忘れ去られようとしている戦争法、新安保法がまさに適用され、これに基づいての自衛隊の出動、戦争開始となろうとしている、そういう事態なのであります。
3 新安保法適用による自衛隊の出動場面
さて、台湾有事の場合に新安保法がどう適用されようとしているのかを、具体的にざっとみていきたいと思います。
自衛隊の出動のうち、いわゆる防衛出動と呼ばれるものは二通りあります。自衛隊法76条1項に規定されています。
自衛隊法76条1項
1 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、(武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成十五年法律第七十九号))第九条の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。
一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態
二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
この一号が自衛権出動、二号が集団的自衛権出動です。
いうまでもなくこの二号が7年前にできた新安保法の目玉となったもので、集団的自衛権の行使を厳格に絞る意味で三つの要件が定められました。この三要件がみたされたときが存立危機事態といわれるものです。
(三つのシナリオ)
台湾有事がこの法律の適用により日本の有事となる、すなわち自衛隊の出動となるシナリオとしては、おおまかにみて三つあると思います。
一つ目のシナリオは、
台湾有事になったとき、台湾とわが国とが密接な関係にあり、日本に存立危機事態が発生したとして、76条1項二号の集団的自衛権を発動するというもの。台湾を支援するための集団的自衛権の行使です。
二つ目のシナリオは、
台湾有事になったとき、これを支援しようとしたアメリカ軍が攻撃を受けた、そのとき、アメリカと日本とが密接な関係があるうえ、米軍への攻撃が日本の存立危機事態を発生させたとして、同じく二号の集団的自衛権を発動するというもの。アメリカを支援するための集団的自衛権の行使です。
三つ目のシナリオは、
台湾と中国が紛争になったとき、日本がかねがね台湾に加担すると言ってきたので、攻撃を仕掛けて来るかもしれないと中国が警戒して、やられる前にやってしまおうと、台湾に近接する琉球弧の自衛隊新基地などに先制攻撃をかけてくる、そうすると、日本が武力攻撃を受けたことになるので、一号の自衛権出動をするというもの。
4 中国との戦争回避は国民の願い
どのシナリオにせよ、これは日中戦争の勃発という大変な事態であります。戦後70数年一切戦争をしなかった日本が、遂に戦争を始めるという事態です。
私たちは、この結論を容認するのでしょうか。戦争への流れに身を任せていいのでしょうか。
中国の台湾への武力行使については、台湾独立を支持する多くの日本人は中国を非難しています。ならば、中国側が悪いとする多くの日本人は、いざ台湾有事になったとき、日中戦争もやむなしとするのでしょうか。そうではないと思います。
また、台湾有事の場合の戦争は、沖縄や南西諸島の皆さんには気の毒だが、戦闘はそちらの方面だけで行われ、本土は大丈夫だから、さほど重大事と考える必要はないという人もいるそうです。その楽観的な見方は正しいでしょうか。さらには沖縄・南西諸島を本土の盾と考えて犠牲を強いる、あの太平洋戦争と同じ考え方は許されることでしょうか。いや、正しくはないし、許されるはずはありません。
確実に言えることは、中国を悪者とする日本人も決して中国との戦争を望んではいないということです。憲法9条のもとで平和に暮らしたいと願う日本人は、中国との戦争もNOです。私は多くの日本人の心をそのように理解します。日本を中国との戦争に導こうとする危険な流れには、そうは許さないとする強い国民的基盤があります。
5 自衛隊を出動させないための国会での議論
自衛隊の出動を阻止する方法はあるのでしょうか。あります。
単純なことです。内閣総理大臣に76条の自衛隊出動の命令をださせない、出された場合には国会で承認しない、ということです。現在、アメリカに従属してひたすら中国批判を続けているわが国の政権は、台湾有事には日本の自衛隊を出動させてしまうのではないかとの心配があります。
安倍元首相などのタカ派勢力は、政府をその方向で動かそうとしています。昨年12月12日の国会では、安倍さんの「弟子」たる政調会長の高市早苗議員が岸田総理に、先に挙げた安倍元首相の「台湾有事は日本有事」と同じ考えかどうかを問いただす質問をしました。その際は、岸田総理は、台湾は日本の大切な友人だという答弁にとどめ、台湾防衛への関与の明言は避けました。
台湾有事がもっと切実になったとき、特にアメリカからの強い要請がきたとき、内閣総理大臣は、台湾防衛のために積極的になる可能性はあります。そのとき、総理大臣に自衛隊出動命令を出させないためには、国会が戦争反対の国民世論を背景に議論を重ねて、容易なことでは自衛隊出動命令の承認をしないという態度を示す必要があります。それでも出されたときには、国会は承認を拒否しなければなりません。
自衛隊法76条の内閣総理大臣による自衛隊の出動命令には「国会の承認」が必要との規定がきちんと置かれています。もう一度確認してください。国会の平和勢力は、一定の事態を想定したうえ、憲法9条の戦争放棄の例外として定めた76条1項一号あるいは二号の自衛隊出動の要件があるかどうか、そうした法的議論を提起することができます。このような重大な事柄について、まだ台湾有事が現実になっていないとの理由で、政権与党の側が国会の議論から逃げることは許されません。
6 集団的自衛権行使、自衛権出動命令を承認しない
集団的自衛権行使を認めた自衛隊法76条1項二号には非常に厳格な要件が置かれています。安易にこれを行使してはいけないという趣旨からできた三つの要件です。
この点に関し、評論家・佐藤優氏の発言を紹介しましょう。
7年前の国会議論の直前、自民党が公明党との間で、法案作りに向け集団的自衛権行使のための要件を調整していた際、公明党が三つの要件を提案して自民党に呑ませた、これが今の自衛隊法76条1項二号の文言となりました。
佐藤優氏は、当時ある座談会で、この厳格な要件を挿入させた公明党を高く評価し「これだけ絞りをかければ、日本が集団自衛権を行使することはまずできなくなった、憲法9条が守られた、公明党の功績は大きい」、そういう趣旨のことを述べていました。私はよく覚えています。
二号の要件の厳しさはハンパではありません.
(出動命令を承認しない理由)
(1) まず、先の三つのシナリオのうち、一つ目の台湾を支援するために集団的自衛権を行使するという場合。
ここで一番大きな論点は、台湾は「国」ではないという点です。「一つの中国」政策をとっている日本政府にとって、「台湾」は中国の一地方とはいえても、独立の国ではないことは確かです。そうすると自衛隊法76条1項二号の「密接な関係のある他国」にはあたらないのです。この点は台湾支援のために集団的自衛権を発動しようとするときに決定的ともいうべき難点です。
(2)次に、シナリオ二つ目のアメリカを支援するための集団的自衛権行使の場面。台湾有事の場合、この形で日本が参戦する場合が多いと考えられます。この場合、「他国に対する武力攻撃が発生」という要件は、アメリカ軍が攻撃されたのですから満たすといえます。
一番問題とすべきは、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」の要件があるかどうかです。この存続危機の事態が発生しているといえるでしょうか。
アメリカ軍が攻撃されたからといっても、通常の場合なら日本の存続が危うくなるということはあり得ないはずです。ただ、日本政府とアメリカ政府は、現在、台湾有事に備えて共同で対応しようと話し合い、そのために自衛隊の基地を新設増強し、自衛隊と米軍との合同訓練にもやっきになっている。そういう戦争準備行動を日米間でやっていれば、アメリカを攻撃した中国は、次に自衛隊を攻撃してくる可能性は高い。そう考えると、アメリカが攻撃されたら、なるほど日本の存続危機になるといえるかのようです。
しかし、みなさん、そういう筋立てで自衛隊の集団的自衛権出動を容認するというのは、どこかおかしいと感じませんか。日本がアメリカと共に戦争準備行動をしているからこういうことになるのです。そういう一蓮托生的な危ういことをしていなければ、アメリカの次に日本が標的になるという事態は考えにくい、そうではありませんか。自分のまいた種から生じた事態、自らが招いて生じさせた事態なのです。
憲法9条のもと戦争を放棄したはずの日本の自衛隊であってみれば、専守防衛が限度です。よその国同士の紛争に日本が参戦するというのは、もっと例外中の例外としなければなりません。まことにやむを得ない場合に限られるとしなければならないはずです。米軍とともに戦争準備行動をしているがために攻撃を受けたという場合、すなわち「自ら招いた行為」の場合には、まことにやむを得ない場合とはいえるでしょうか。76条1項二号の「存続危機」を認定してよいでしょうか。集団的自衛権を発動することは許されるでしょうか。国会で大いに議論し、自衛隊出動反対の論陣をはることのできる事柄だと思うのです。
この理屈は、法律専門家からみれば、わかりやすいことですが、一般の方には少し分かりにくいことかもしれません。もうすこし説明を加えさせてください。
刑法という法律に正当防衛という規定のあることはご承知かと思います。正当防衛ならたとえ人を傷つけても無罪になる、あの理屈です。相手から突然に攻撃された場合にとっさの防衛行為が正当防衛となるということです。したがって、相手からの攻撃が予想される場面にあえて自分の身をおいていた場合には、「突然」とはいえず「とっさ」でもないので、正当防衛とはなりません。
たとえば、ある男が恨みを持った相手の家にバットをもって近づき、相手が家から出てくれば殴りつけてやろうと庭先でうろうろしていたとします。相手は家の中からこの男を見つけ、けしからん、こちらから攻撃してやろうと刃物をもって突然出てきた、男はその刃物による攻撃をかわそうとしてバットで相手を殴りつけ怪我をさせた。この場合、その男は正当防衛にはなりません。なぜなら、男の待ち伏せ態度によって相手の攻撃を呼び寄せたことで「自ら招いた行為」に当たるからです。法律的に言えば、正当防衛の要件である「急迫不正の侵害」に当たらないということです。たしかにバットをもって待ち伏せしている男に正当防衛を認めて無罪というのは、常識的にみてもおかしいと感じられます。
犯罪行為を正当化して無罪とするのが正当防衛だとすれば、憲法9条により禁じられている戦争を正当化するのが自衛隊法76条の出動命令です。76条は正当防衛の規定と似たところがあります。戦争準備行動をしている日本が中国から攻撃を受けた場合、日本は「自ら招いた行為」にあたるというべきです。刑法の正当防衛の理論と似て、自衛権の行使を正当化できない、そのような法律的議論は十分に可能だと思います。
もとに戻ります。
(3)シナリオ三つ目にあげた、日本が中国から直接に攻撃を受けたから自衛隊法76条1項一号の出動をするという場面です。この場合には、何ら問題なく国会は出動を承認すべきのように思われます。
ただ、どうなのでしょうか。台湾有事において中国が日本を直接に攻撃するというのは、ここでも日本と米国との政府間協議、自衛隊基地建設、軍隊の共同訓練などアメリカとともに戦争準備行動をしているからではないでしょうか。安倍元首相の発言のような挑発的言動をしているからではないでしょうか。こんな準備や挑発をしていなければ、中国は日本を攻撃してくることはないのです。先ほどの理屈と同じことで、「自ら招いた行為」ということにならないでしょうか。自衛権出動を許すべきかどうか、国会で議論するに十分な理由があります。
命をかけて戦場に出動する自衛隊員の気持ちを考えて見れば一層わかりやすい。自国が戦争にならないように懸命に努力してくれたが、その努力もむなしくついに相手が日本を攻撃してきたという場合、自衛隊員は祖国のために自らの命を捧げようとする気持ちにもなるかもしれません。
しかし、逆に平和への努力もせず、戦争準備にばかり熱心で、しかも相手に「かかってくるなら来い」というような挑発的言動をしているような政府の下では、いざ出陣といわれても、自衛隊員たちは、祖国のために命を懸けて尽くそうと思う気持ちになれるでしょうか。士気が上がるとは思えません。
自衛隊法76条1項一号の出動の承認についても、国会で議論すべき論点はいくつもありそうです。簡単に承認すべきではないと思います。
(「一つの中国」について)
さきに、台湾は国ではないので、台湾支援のための集団的自衛権発動はできないと述べました。
政府は、もしやろうとすれば、台湾有事が発生したとき直ちに台湾の独立を承認して「国」と認め、二号の集団的自衛権行使の要件を満たしたうえ、自衛隊に出動命令を出すということも考えられます。
しかし、台湾の独立承認は、「一つの中国」ではなく「二つの中国」を認めようとするもので、アジアのみならず世界の秩序の変更であり、中国はこれを決して容認することはありません。台湾独立を承認するということは、中国との間に永遠の対立を招く重大な事柄です。台湾の承認は簡単ではなく、「二つの中国」を前提にして台湾支援の集団的自衛権行使に突破口を開こうとするやり方は容易ではありません。
実は、アメリカでさえも台湾が中国に攻撃された時、台湾防衛に出るかどうかについては、「あいまい戦略」をとっていると言われています。どういうことかというと、米国も現在「一つの中国」すなわち「一国二制度」を守っていて、台湾を国として認めていません。したがって、そのままでは、台湾支援のために米軍を出動させるための国連憲章51条をクリアすることができません。国連憲章51条にも、「加盟国」に対して武力攻撃が発生したことが要件となっていて、台湾が国でないという点が集団的自衛権発動のネックとなるのです。
国連憲章51条
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
「一つの中国」が世界の秩序となっていて、米国もその「一つの中国」を守っていることで、かろうじて米中関係が戦争にならずに平和が維持できている。そうした状況のもとでは、アメリカも台湾有事になればすぐに台湾の独立を承認すればいい、とは簡単に考えるわけにはいかないのです。米国内での反中国感情、親台湾感情の高まりにもかかわらず「あいまい戦略」をとらざるを得ないのです。
バイデン大統領が台湾問題の緊張をあおるかのような言動をするのは、国内世論を意識して次期の選挙をも狙ったポピュリズムではないか、台湾や日本に武器を売る軍需産業をもうけさせるためにしているにすぎない、本気で二つの中国をめざすわけではない、そういった見方もあるようです。
たしかに、アメリカも中国と大きな戦争になることは避けたい気持ちはあると思います。そして、台湾有事の場合においては、自分の方にくる中国からの攻撃は最小限に抑えて深入りせず、その代わり日本を矢面にたたせて闘わせるというずるい戦略もあり得るのではないかとも思えます。
7「君子危うきに近寄らず」論の重要性
「君子危うきに近寄らず」という格言を改めて考えています。これまでお話ししてきたように、琉球弧における自衛隊・米軍の戦争準備行動は、危うきに近づこうとするものであります。こういう危いことをさせといて、いわば挑発的行動をさせといて、相手すなわち中国がでてきたから、それ自衛隊の出動だ、やれ戦争だというのは、あまりにも憲法9条の戦争放棄の理念を軽くにみすぎる態度ではないかということです。
「君子危うきに近寄らず」との格言には、反発をおぼえる面もあるかと思われます。何か大切なものから目を背け、逃げようとする姿勢も感じさせる言葉です。 しかし、ここは大事な考えどころです。
私たち多くの日本人は、今や台湾の独立をできることなら達成させてあげたいと思っています。私もその一人です。その台湾が、独立を求めて立ち上がるや中国から武力で制圧されようとすることは納得しがたい、台湾の支援をしたいと考えることは、ある意味ではまっとうな感覚だと思います。
ただ、だからと言って中国と台湾との間の紛争が日本やアメリカをも巻き込んだ大きな戦争になる、それは戦争被害の拡大の意味からいって、客観的にみればやはりまずいことではないでしょうか。あとでも触れますが、中国はアメリカや日本が支援したからといって、台湾から手をひくことは絶対にないのです。台湾の人々も、自分たちの独立を助けたいという気持ちはありがたいと思うでしょうが、そのために日本やアメリカの若者たちの多くの血が流されることを喜び期待しているでしょうか。
中国の要人は、ときどき「台湾のことは身内のことなので、よその国が余計なことを言わんといてくれ」ということを言います。そういう面もたしかにあります。隣の家の夫婦げんかに口をだしたり、奥さんの加勢に行ったりするのはやりすき、そういう説明も納得できるように思えます。
日本人もアメリカ人もここはじっと我慢し、その代わりに、中国と台湾とのあいだの平和的統一・平和的共存に調停的役割を果すことに全力を尽くすことで、夫婦げんかで言えば、仲直りか離婚の仲裁人のような役割を果たそうとすることによって、君子としての義務を果たしたことになるのではないでしょうか。戦争の一方に味方することは避け、「君子危うきに近寄らず」の態度は、世界の平和と幸福のために卑怯な態度ではなく、立派な責任ある態度といえるのではないでしょうか。
8 日本有事その他のシナリオ
台湾有事の場合において、日本が自衛隊法76条により自衛隊出動をするシナリオとしては、以上の他にもいろいろ考えられます。
7年前の新安保法にもとづき武器使用権限などが拡張された米艦護衛とか後方支援の任務に出た場合に、戦闘に巻き込まれて攻撃を受け、それにより一号の自衛権発動をする、というケースもあり得ます。そうした任務もやはり「自ら招いた行為」であり「君子危うきに近づいた」行動をとったから攻撃をうけたと言えるケースではないかと思います。
これらの理由を挙げて、自76条1項一号の自衛隊の出動を承認しないとする議論も十分に可能だと思います。
9 抑止論について
今日の私の話しは、台湾有事に日本が戦争に巻き込まれないために考えるべきことを述べてきました。
しかし、皆さんの中には、現在の時点では、将来あるかどうかがわからない台湾有事を想定した議論よりも、今、台湾有事を起こさせないために国際世論を高めて中国に圧力を加えたり、軍事的抑止力を高めて中国に武力行使をためらわせる、現在の状況を考えた議論こそが大事ではないかと思われる方も多いのではないかと思います。
しかしながら、今、確実に言えることは、中国は台湾が独立しようとすれば、どんな犠牲を払っても、極端に言えば、米国から核兵器で攻撃されようとも、台湾の独立を阻止する、と言っていることです。「台湾は中国の核心的利益」といっている意味はそういう意味です。
それを「けしからん」と非難することは簡単ですが、どう非難されても、中国のその方針は70数年前、1949年の建国以来一貫し、米中国交正常化交渉においても主張し続けて今日に至っているもので、これが揺らぐことはないのです。中国と台湾との関係が国共内戦の歴史から生まれてきているそのいきさつを考えると「一つの中国」に固執する中国の態度も理解困難とはいえません。
そういう前提で考えれば、中国に武力を行使するなという圧力は台湾の独立を断念させない限りほとんど無駄なことといわなければなりません。
そうだとすると、台湾有事を避ける方法は、台湾に独立を断念させるか、あるいは台湾と中国の双方に、話し合いにより独立・統一の問題を話し合ってほしいと要望するしかないのです。抑止力によっては台湾有事を避けることはできないのです。
柳澤協二さんらによる大変説得力のある政策提言(「台湾問題に関する提言 ― 戦争という愚かな選択をしないために ―」 )があります。そのなかでは、台湾をめぐり難しい問題があるにもかかわらず、これまでかろうじて平和が保たれてきたのは、アメリカと中国が「一国二制度」を守ってきたこと、すなわち「一つの中国」の認識と「台湾独立の不支持」の方針をとってきたからであり、今後の平和のためにもこれを守っていく必要がある、との趣旨が明確に述べられております。いつの日か平和的解決の条件が整うまでは、台湾の独立を諦めることしか平和を維持する方法はない、と現実を冷徹に見ています。私もそのとおりだと思います。
10 日米共同作戦計画の危険性
今、日本では、台湾有事を念頭において、琉球弧の自衛隊基地を中心として米軍と自衛隊の合同訓練が行われており、そうした訓練の基本ともなる作戦計画の制定を目指した準備が行われているようです。琉球弧要塞化の急ピッチは、この作戦計画と連動するものにほかなりません。
この点の危険性をするどく警告した論稿があります(石井暁「台湾有事と日米共同作戦」雑誌「世界」22年3月号35頁)。その冒頭には「米軍が『台湾有事の日米共同作戦計画を早期に策定するべきだ』と自衛隊に強い圧力をかけてきている。その原案には南西諸島に米軍の攻撃用軍事拠点を置くことも含まれている、と自衛隊幹部から打ち明けられた」などと衝撃的な事実が暴露されております。
台湾有事が日本有事になってはいけないとする私たちにとって、このような作戦計画まったく不必要かつ無駄なものであります。それところか、このような作戦計画があり、それにそって訓練していること自体、中国からの先制攻撃を受けかねない挑発行動ともなる危険なものと考えてきました。
こうした計画の作成や訓練が、国会等に報告されず、着々とほぼ秘密裏に進められています。恐ろしいことではないでしょうか。
戦前の軍隊は天皇の統帥権のもとにあり、議会がそのあり方を議論することなどは、統帥権を侵害するものであって決して許されませんでした。しかし、現在の憲法は、このような制約は全くありません。自衛隊の訓練行動を含むすべての行政は国会の管理監督のもとに行われることになっているのです。
国会は、こうした共同訓練の内容を明らかにさせ、さらには共同作戦計画作成の現状を報告させ、これら違法ないし危険な動きをやめさせることが緊急に必要ではないでしょうか。
11 国会論議について
先月26日の新聞に、共産党に新安保法の廃止を野党共闘の共通課題としたいとの意見があり、立憲民主党内には異論があるとの記事が載っていました。廃止という狙いは、司法的決着をつけるにはふさわしいものでありますが、国会での議論とどうつながるのか、つなげるつもりか、今のところ私にはわかりません。あるいは、今、全国各地で新安保法違憲訴訟が提起されていますので、その新安保法が有効であることを前提として国会でその適用をめぐる議論をすることは相応しくない、との考えもあるのかもしれません。
どういう形で議論するかはともかくとして、立憲民主党、共産党など野党は、集団的自衛権行使について厳格な要件を課した公明党、さらには自民党内のハト派とも危機意識を分かち合いながら、日本を台湾有事の戦争に巻き込ませないための国会論議をぜひとも提起し討議を重ねてほしい、これは平和を願う国民の切なる思いというべきです。
私たち市民運動も「台湾有事は日本の有事」が戦争への危険な流れであることを認識し、戦争を避けるための議論の輪を広げ深めて、その声を国会に届けるべく奮起しなければならない、そのように考えています。 (おしまい)
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返信削除ご老人さま
返信削除貴論文「台湾有事を日本の有事にしてはいけない」をようやく読みました。
大変解りやすく正確な指摘で、大変勉強になりました。
書いてあることにはすべて賛成で、そう在りたいと思うことでした。
しかし私としても読もうと決心するまでに相当の時間が必要だったように、なかなかこの論文を読んでくれる人が現れない、という問題を実感しています。
感想としては貴結論だけでは、どうも日本が戦争に突入しそうで、何とかしなければならない、という気がしました。
貴結論である
▶日本を台湾有事の戦争に巻き込ませないための国会論議をぜひとも提起し討議を重ねてほしい、◀
という我々の希望が今の状態では実現しそうもないと思っています。
共産党とれいわ新選組だけを例外として、立憲以下の党は、安保堅持を党是としていて、国会議決で戦争反対側には立たない情勢です。
つまり体制翼賛体制が出来上がっている、と見えます。
こういう情勢を見ると、問題は世論だと思います。
しかし世論には「台湾有事=日本有事」が浸透していて、日本の参戦は避けられない状態にすでになっている、と思われます。
この世論を覆すためには、「世論に訴える運動」が必要ですが、そういう動きが全く見られません。(もちろん貴兄はその例外ですが、それを支持する勢力がほとんど見つかりません。)
世論に訴える運動というのは、貴兄のようなブログ活動をする人を増やす運動などのことです。
ということでここでの私の結論は、今必要なのは、世論対策の運動を始めることだと思いますが、如何でしょうか?